こんにちは、
恋愛セラピストHaNAです。

タイトル通り、
今回はちょっと…いえ、人によってはかなり重い話になるかもしれません。

最近、生と死について考える機会が多く、考え抜いた結果、
こういう記事が必要な人もいるんじゃないだろうか、と思いきって書くことにしました。

 女性

失恋したあとって、すごく辛いですよね。

彼なしでは生きていけない。
こんなに苦しい思いを抱えたまま生きるぐらいなら、死んでしまいたい。

私も恋人に振られたときは、すごく辛かったです。

ぼろぼろぼろぼろ泣いて泣いて、泣きつくして、
友人たちに慰められて、その場は元気なふりをして、
一人になったらまた泣いて…

仕事も何も手がつかず、そんな自分がどんどん嫌になって、
こんなんだから自分は振られたんだと、
もう一人の自分の責める声に押しつぶされて…

もう嫌だ!
生きることがこんなに辛いならもう死んじゃいたい!!

そんなふうに、自分がなぜ生きているのかわからなくなるぐらい、悲しみにどっぷりつかってました。
あのときの気持ちを表すとしたら、絶望という言葉がぴったりのような気がします。

 

今回の記事のテーマは、私の体験をもとに

「生きることがこんなに辛いならもう死んじゃいたい!!」

この台詞の【死んじゃいたい】について、私が考えぬいた答えを紹介したい思います。

 

ここでの【死んじゃいたい】には、失恋で感じる苦しみから逃れたい、という気持ちが含まれています。

つまり、「楽になるためには死を選ぶ必要がある」ということです。

でもここで疑問が出てきます。

なぜ、私は失恋の苦しみから逃れる方法として、死を選びたいと思ったのか。

我ながら、不思議なんですよね。

私は、過去に死んだことで苦しみから逃れられた経験があるわけでもなく、
誰かが、死んだら楽になったんだよーと本人が教えてくれたわけでもないのに、

なぜその考えが頭をよぎったのか。

死んだら楽になる保証が無い一方で、
死んでも苦しみが続く可能性があるにも関わらず、

私は無条件で「死んだら楽になる」と突発的に思ったんです。

肉体の生命活動が終わり、肉体が消滅すれば楽になるのか?

 いや、今感じているのは血が出ていたり骨折しているわけじゃないので、
 物理的に消滅しても、辛いままのような気がする。

死んだら、彼のことを忘れて楽になれるのか?

 →もし忘れられず、死んでも苦しかったら死ぬ意味がない。

失恋したという失敗した人生を、生まれ変わってやりなおしたい。

 →本当にやり直せる保証って無いし、そうそううまくいく理由も無い…

考えれば考えるほど、死を選ぶ意味がよくわからなくなり、

このときの私の結論は、

私の理解の範囲では、死んだら本当にどうしていいのかわからない。
死というものに対して、希望的観測が多すぎる。
死んで楽にならなかったら、次にどうすればいいのかわからなくなる。

だから、もうちょっとがんばる。

でした。

 

この疑問について、明確な答えが出せる人に私はまだ出会えていないので、

ここから先も自分の考えですが、

経験も無く、保証もない、
希望的観測だらけの死を選びたくなったのはなぜなのか?

についても考えてみました。

仮説1:死ぬ以外の方法がわからないから

 これはちょっと違う気がしました。
 新しい彼氏を探すとか、良い女になって見返すとか【方法】だけで言えば死以外の方法はたくさんあったので。

仮説2:苦しくなって、実際に実践した人がいるから

 これもちょっと弱かったです。
 実践した人がいる=楽になれる道 という図式にはならなくて…。

仮説3:物理的消滅によって苦しさがなくなる=苦しさとは物理的な肉体にひもづいていると思ったから

 これ、結構私としては腑に落ちました。
 より正確に言えば、肉体では支えきれないほど苦しみが深いので、それを支える肉体ごと消滅したい、という感覚かもしれません。

自分では抱えきれないほど、苦しみがどんどんどんどん大きくなり、

息もできないぐらい重たくなっても苦しみは手放せず、

この闇は生きている限り永遠に続くのかもしれない…なんて考えたから、

不確定要素がたくさんあるかもしれないけど、まだ楽になれる可能性を秘めている死に救いを求めたい、

という気持ちになったんだろうな、と。

 

要は、苦しいんです。とにかく苦しい。

本当に言いたいことは「死にたい」じゃなくて「この苦しみから解放されたい!」でした。

あまりに苦しみが深すぎて、この苦しみから解放されるには【死】という概念にかけるしかない!と思ったんです。

大学の授業で仏教を学んだのですがそこには、

生きていても死んでいても苦しいことはかわらない(要約)という主旨のことが書いてありました。

これ読んだとき、思いました。

「やっぱ死んでも楽にならないんだ」と。

そして、

「なら、やっぱり楽になるには、苦しみと向かいあうしかないんだ」とも。

心の問題と似ていますよね。

浮気性の男性ばかり捕まえちゃう人は、やっぱり自分の心と向き合わないと、何度でもそういう男性を捕まえちゃう。
恋愛が長続きしない人は、やっぱり自分の心を見つめないと、どんな相手でもうまくいかない。

本当の問題=苦しみと向き合っていかない限り、新しい道は開けないようです、どうやら。

だめんずをテーマに掲げていると、かつての私と同じように、

「生きることがこんなに辛いならもう死んじゃいたい!!」と苦しんでいる方がたまにいらっしゃいます。

そんな方たちは、自分がそんな考えを持ってしまうことを「イケナイコト」だと考えていることが多いので、

今回はそんな方達が少しでも苦しみから解放されるきっかけになればいいなと思い、書きました。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

この記事を書いた人

玉川 華世
玉川 華世心理カウンセラー
恋愛、友達関係を中心に、人間関係をテーマにしたカウンセリングを行う。 セッションの時間外、日常での中の取り組みを重視し、本人の基礎力をコツコツあげるスタイルに定評がある。