こんにちは。
心理カウンセラーの玉川です。

叩かれる。
暴言をはかれる。
ご飯がもらえない。

毒親というと、そういう虐待っぽいイメージを持たれがちです。

しかし実際の毒親は、そんな単純なものばかりではありません。

 

暴力なんてなかった。
暴言も、そんな頻繁にあったわけじゃなかった。
毎日、手作りのあたたかいご飯が出た。

そういう状況でも、毒親と呼ぶに、ふさわしいことは、多々あります。

 

 

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例えば、食事。

毎日、美味しくて、あたたかい食事が出たとしても。

「美味しいご飯を用意してあげた、私は、母親として素晴らしい」

「さぁ、そんな私に、感謝しなさい」

そういう気持ちで作られた食事は、子供の心に、歪みを生みます。

 

その食事が、純粋な、愛情によって作られたものではなく。

親本人の、気持ちを満たすために。

子供の意思を無視して、親にとって、ありたい姿を一方的に押し付けられているからです。

 

『美味しいご飯を用意する、素晴らしい母親』

『そのご飯をおいしく食べる、可愛らしい子供』

親にとっての、理想の関係を演じることを強制され続ける。

 

それは、子供が自分で考え、感じ、心を成長させる自由を奪うことになります。

 

自分のエゴのために、子供を利用する親を、私は、毒親と呼んでいます。

食事をあげたか、あげなかったか。
暴言をはいたか、はかなかったか。
肉体的に叩いたか、叩かなかったか。

そういう行動だけをみて、毒になる親だったかを、私は判断しません。

 

その行動の裏に、どんな思惑があったのか。

その行動によって、子供が、どんなものを受け取ったのか。

結果として、親や、家族に対して、子供が、どんな思いを抱いたか。

 

そこが、とても重要だと思っています。

 

最終的には、本人が感じたこと、思ったことがすべてです。

自分の親が、毒親かどうか、考えている方。

自分のパートナーが、毒親育ちかどうか、判断に迷っている方。

よかったら参考にしてみてください。

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

この記事を書いた人

玉川 華世
玉川 華世心理カウンセラー
恋愛、友達関係を中心に、人間関係をテーマにしたカウンセリングを行う。 セッションの時間外、日常での中の取り組みを重視し、本人の基礎力をコツコツあげるスタイルに定評がある。